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2008年06月

母親の本音

vlc (3)
初めて母と結ばれた時、
何の抵抗もされませんでした。
こうなる事を予想していたようでした。
それまで二人だけで会うたび
全裸になっていましたが、
最初は見るだけでしたから、
しかし母親だけ全裸にするのは気が引けた。
自分も全裸になった時、寒かったのもあり
母親の背中を押し布団の中へ。
抱き合っているうちに興奮し
キス。
項、
乳房、
お尻、
マンコ
濡れるとペニスを一気に挿入、
お互いの顔も見えないくらい真っ暗な部屋で
したがすんなり入りました。
後は果てるまで無我夢中でした。
回を重ねる度
今まで言わなかった本音を言い始めた。
別れた父親とのセックス
そして私が望んでいた気持ちも。


「一度だけならって思っていた。」
一期一会では無く一期一裸かな。

これなら最初
ストレートに言えばよかったのかなあ。
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このままで・・・

「しちゃっていいの?」
ベッドで僕は母の裸身を後ろから抱き締めている。
勃起したPは母の双尻の溝に窮屈に挟まれている。
(最後までシちゃっていいのだろうか?)
乳房を揉み、白い項に唇を這わせ、聞いた。
「いいんだね?母さん」
母は無言で目を閉じていた。
1148769.jpg
手首を後ろへ引いて勃起したものにあてがった。
一瞬だけ身を硬くしたが、そのまま握り締めてくる。
それで安心して母に握らせたまま、今度は僕が手を
母の股間に忍ばせていった。フサフサの陰毛の感触
を楽しみながら、指先で湿った陰唇を捕らえた
母への意識が膨らむ。
(カーテンをしめて)
と言うのを無視して
僕は母の背中に張り付いたままで、
ペニスの挿入を試みた。
母の内股に手を添えて両腿を開き気味にしてみる。
母と面と向かってするより、失敗してもいいから
背後から挿入できればラッキーだと思った。
自然に母の背中から体が離れて、湿った結合部をペニスの先
で探るように押し付けていると、母が腰の緊張を解いてくれる。
「はやく入れてよ、母さん!」
僕は焦り気味の声を上げた。
先端が少しだけ母の膣口を押し広げた感じがする。
そのまま下から深くえぐり、腰の動きを早める。
そこが目的地なのかどうかの自信はなかった。
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母子フェチ

俺はお袋と関係を持ってもう十年以上になる。

お袋の裸に興味を持ったのは中学校のときでした
夏休みの暑い日だったと思います
下の部屋で昼寝をしているお袋を見て
欲情してしまいました お袋を呼んで
起きないのを確認してからそーっとそばまで行き
お袋のおっぱいをジーっと見ていました
パッドの入っていないブラジャーで乳首のポチッとしたのが
確認できました触りたい舐めたい
乳首を軽く噛んでみたい
頭の中はお袋のもだえる顔でいっぱいでした
もう一度呼んで起きないのを確認すると
指をそーっとお袋のおっぱいに近づけなぞるように触りました
指を乳房から乳首のほうえばれないように
移動させてしばらくお袋のおっぱいに触っているよいんに
浸っていました
次はやっぱり口をお袋のおっぱいに近づけました
そーっとです舌でお袋の乳首らしきものが
ブラジャー越しに確認できて
妄想しながら
おっぱいに手を当てしばらくそのまんまの格好でいました
するとお袋の口が軽く開き
はぁーーと吐息を出すようになったのです
義母奴隷から
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いまでも-28歳会社員

僕は、28歳の会社員です。
母(54)と関係して4年ほど。
きっかけは、父の交通事故でした。
当時我が家は、両親が食堂をしており
出前にいった父が途中で車に跳ねられ、入院しました。
父は頭を強く打ち昏睡状態になり、母は食堂を休業し、
パートをする傍ら朝晩父を看病するために病院に通う日々が
続きました。
その頃私にも彼女がおり、そろそろ結婚をと話をしていた
矢先でしたが、そんなこんなで話も立ち消えになり、
彼女とも別れる結果となりました。
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そんなある晩
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あまり息子に

あんまり息子にせがまれるので
ついにパンティを脱いで
ねぇ、見るだけよね!
うん
わかってるよ
わぁ
はずかしい
ねぇ、もういい加減にして
もうすこしだけ
こら!触るなっ!
うん。
じっとしててよ、母さん
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あのときの感触が忘れられない。

勃起しきったペニスが母の熱い胎内に根元まで
ずっぽり埋まった感触が忘れられなかった。
僕は日が暮れる時間が嫌いになった。
理由もなく胸がドキドキしてくるから。
そんな僕の気持ちを推し量ったように、僕の部屋へ母が入ってきた。
お互い言葉を交わす訳でもない。
僕は母をベッドに押し倒す。彼女は視線を宙に這わしたまま
なんの抵抗もしない。
着衣を脱がせ、白く輝くまばゆい裸身を見下ろす。
女体の美しさにしばし呆然とする。
「母さんが僕を犯してよね?」
「あなた、勇気がないの?」
僕は体を横たえる。
僕の女神はゆっくりと僕の体の上に乗せてくる
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太平洋戦争終戦の年に

もういまでは大昔かもしれません。
戦後生まれの人たちが大半を占めるようになり
もう六十有余年前のこととて
私も孫を持つ白髪の老人に。
一番愛した母の元にいけるのもそう遠いことではないでしょう。
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2人だけの家族会議   夢裸身#043


vlc (0)
僕は、23歳のごく普通の社会人。
中学や高校の頃、よく進路や期末試験の
ことでパパとママ、妹そして僕と4人で
家族会議を行ったが
現在は、パパは単身赴任、
妹は、就職して郊外に一人暮らしのため、
ママと僕の2人きりの話し合いである。
でも、僕はいやではない。なぜかと言うと、
僕は、中学の頃からママを”女”として意識していた。
今では、艶めかしいママの雰囲気だけで
興奮を通り越し
あまりの欲情のため放心してぼうっと
してしまい、ママの口の動きだけで
話の内容を聞いていないときが多い。
透明のテーブルをはさみ、手を伸ばせば
すぐに触れることの出来るイスに
座っているママ
腕や脚、身体は華奢で細いのに、
大きく張り出し柔らかそうにプルプル
揺れている砲弾状の乳房と
ノーブラの時にシャツからポツンと浮き出して
はっきりわかる大き目の乳首。
そして、でかいと言うほどではないが、
人目をひいて色っぽく揺れる大き目のお尻。
僕は、今にも窒息してしまうのではないかと、
いうほど心臓の動悸が速くなる。
そしていつも、それを鎮めるために
ママのガウンやネグリジェ、下着、スカートやジャケット
そして、ハイヒールとママの匂いのするものを
自分の部屋に持ち込み、
ママを抱いていることを想像して何回もやってしまう。
まだ、現実にはしていない。
だから、苦しいのです。
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抱いて抱かれて

橋口』千春「母を妊娠させようとした息子」

母親はペニスを銜え込んだまま、
ワンピースを脱いだ。
俺はベッドから膝から先を出して
仰向けになっている。
張りつめた乳房と尖った乳首が膝に当たる。
俺は意識的に膝を前方に移すようにし、
母親の乳房と接しているところを
増やそうとした。
そうやって乳房を愛撫しているつもりだ。
母の華奢な肩がそんな愛撫でも
鋭く反応して震えた。
けれどもくわえ込んだペニスを
舐めることをやめたりしなかった。
『ね、わたしに集中させて』
『おっぱいに触らないで。ってこと』
『あとでたっぷり吸ってもらうから』
母が上目遣いで視線を送ってきた。
充血した白目が際立ち、
それが母の妖しさを強調させる。
幹に浮き上がった節や血管を舌先で弾かれる。
右手でつけ根を握られ、左手はお尻に回され
どちらの手も静止していなくて、
強弱をつけ握ったり離したりを繰り返している。
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勇気がないぼくで、すみません

やっぱり母とのエッチはだめでした。
夜、おむすびを持って来てくれた母は、
なにかにビクついている感じで、
顔が強張って恐いくらい。

考えてみれば、下でオヤジが寝ているのだから
やっぱり無理と思った。
ベッドに腰掛けた母は、ぼんやりしていて、
声をかけるのが恐い感じ。
僕は声をかける事ができませんでした。

結局最後には
「おやすみ」
とか言って、僕の方を見ないようにして
出ていってしまいました。

おかあさん。
勇気がないぼくで、すみません
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14歳になる一人息子との愛人関係

私には、中学二年になる息子がいます。
37歳主婦 です。

二年ほど前から彼と肉体関係しています。
初めの時
“一度きり”
の約束で中出しさせました。
それ以降やはり私を求めてくる。
私も拒みきれず、身体を開いてしまう。
しかし息子に抱かれる度、
私の方が夢中になってしまい・・・・・。

そして近頃では、息子とのセックスを楽しみにして。

だけど最近息子は、私を妊娠させようとしている。
ちゃんと着けていたコンド-ムもいつのまにか外していたり。
私は、もっとセックスを楽しみたいのに。
確かに直に射精されたとき子宮にあたるから、
この上ない程気持ちがいい。

母子間での妊娠は怖いし、
妊娠して事実を告げたととしても
彼の性格からすると、
母と言う彼のオンナを捨てて
離れていきそうなんですが。

悩んでいる時点で
おかしいですか?

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陽子-母の告白

私42才の主婦。

息子に内緒でこの掲示板を探しました。
今、息子(和也)はお友達の家に遊びに出掛けているので、
いない時に告白します。

パソコンのやり方は和也に教えていただきました。
ついでに、インターネットのやり方も教えてくれました。
それで今、和也がいないのでインターネットで遊んでいるうちに
[母子相姦]の告白が有りましたので、この掲示板を読みました。
そしたら、オッパイの事が、書いてありましたので、私も書いて
見たいと思います。
実は、和也も私のオッパイが好きらしく暇さえあれば
「ねぇ母さん。」
「あれ、ちょうだい」
と言って、私のオッパイを欲しがります。
私も嫌いではないので、和也の要求に答えます。
そしてついSEXをしてしまうのです。
本当は、いけない事だと思うのですが、私も和也の
事が好きで、息子として、1人の男として。


そろそろ和也が帰って来る頃。
この事がバレたら大変なので。
筆をおきます。
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余命一ヶ月の花嫁 心に残る名言集

余命一ヶ月の花嫁 心に残る名言集
いい言葉は、いい人生を作る
一度の人生を勇気付けてくれる名言がここにある


みなさんに明日がくるのは奇跡です。
それを知っているだけで
日常は幸せな事があふれている
by 余命一ヶ月の花嫁
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45歳の母と二人

僕には、45歳の母がいる。
今年の大学入試に失敗し、僕が落ち込んでいるのを
見かね母が、
「旅行に行こうよ。」
と言いだしました。
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父は、
「仕事で行けない」
というので、内心、ほくそ笑み、二人で行った。
旅館につくとすぐに露天風呂に。
そこは、脱衣場は男女別々ですが
内部は混浴な浴場で有名だった。
まあ、そういう魂胆で選んだんですどね。

母はそのことを知らなかったので思わずの混浴に
頬を赤らめ
「としくん、一緒に入ろうよ。」
「小さいときよく一緒に入ったでしょ。」
「ね、いいでしょ?」
と子供に甘えるかのような
鼻にかかった甘い声で言う。
まるで母と言うより恋人のよう。

実は。

母とは二年ほど前から肉体関係。
今日の母は明らかに「女」でした。
さて、露天風呂では周りに客がいないのをいいことに、
当然のように肉体の交わりをしました。
母に堅くなったモノを舐め回され、後ろから生挿入した。
母とはもっぱら生挿入での行為が多い。
アダルトビデオなみに寸前に抜いて膣外射精。

が今回は

「中に出して」

と母がいう。
「危険日だから拙いんじゃないの?」
と言うが彼女は聞く耳持たず。
それで仕方なく。
いや、
“喜々として母の胎内に出した。”
冷静に考えてみると、あれは正直拙かった。
まだ母は妊娠できる年齢だし。
生理が来るまで彼女以上に
ひやひやした。

でも懲りないというか自分達がバカなのか
未だにそういうことを
二回~三回は、やっている。

まだ妊娠したことはない。
何時か、僕の子供ができるのだろう。
でも肉の欲望には勝てない。
業 なのか?
いや、母と自分の業なのだ。
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熟女AV女優の母親と

自分は23になります。
縁あってアダルトビデオの男優のアルバイト
をしています。

でもこういう事になるとは思いませんでした。
まさか、近親相姦の企画もので母と共演する羽目に
なろうとは。
vlc (0)
ひろしクン、
まあそれくらいにしておいたら?
でも今は、ね?
そう、もともとやっていた営みを公にしてそれを
咎められないのはこんな商売だけじゃないのかな?
え?主人ですか?
息子が高校に入る年に事故で亡くなりました。
それで内緒でこの仕事、俗に言う熟女AVの女優
やり始めたんです
名前ですか?
かえって本名のほうがばれないかも(^_^;)
“かつの”46歳 とでも、
しておいてください。
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かとんぼ

56歳の母と週1か2でセックスしています。
30歳の私には回数としてはやや物足りないのですが、
母の体力からして止むを得ないところです。
代わりに、やる時はとことんやりまくるので、
終わった後の母は完全にダウンです。
両足をだらしなく広げたまましばらくは動きませんし、
割れ目からは中出ししたザーメンがいつも垂れ流しです。

母と旅行
今日は事前に休暇を取っていたので都合4連休となりました。
これを利用して母と2泊3日の旅行を楽しんできます。
むろん夜は姦りまくるつもりです。

旅行から戻って

昨日の夕方旅行から戻りました。
温泉地へ行ってきたけど家族風呂のあるところを予約していたので、
二晩ともたっぷりと母を堪能しました。
その疲れでしょうか、今朝はまだ母は寝ています。
先程声をかけたら
昼まで寝かせてほしいとのこと

「じゃあついでに。」
朝の濃いめ精子を、注入してやりました。
もちろん母の抵抗を無視して。(^^;)
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昔話 蜘蛛が淵 備州

p-1.jpg
蜘蛛ヶ淵の元となった民話です


大蜘蛛と留

小谷川上流の吉貞に蜘蛛が渕というというところがある。
むかしむかしの話じゃ。
淵の横に大穴があって、
中にはとてつもない大きな蜘蛛が住んどる。
という噂があった。
そんなわけで、村人は誰一人この淵に
近づかなかったが、
漆かきの留だけは別だった。
孝行者の留は、母親に楽させようと一生懸命に
漆液をとっていた。
そんなある日。
留がいつものように漆の液をとっていると、
トントンと肩をたたく者があった。
「おや、誰じゃ。」
と振り向いた留は驚いた。
肩をたたいていたのは、大蜘蛛の足先。
留は、動けなくなってしまった。
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「北のひめゆり」-樺太の戦闘と「氷雪の門」

九人の乙女と樺太の戦い
氷雪の門

「国内最後の地上戦」「北のひめゆり」-樺太の戦闘と「氷雪の門」
北海道の北端、宗谷海峡をはさんで樺太の対岸に位置する稚内市。
その西側の小高い丘陵に、稚内公園という広大な公園がある。

別名を
「望郷の丘」
と呼ばれている。

丘の北端には、高さ8mの2つの白い塔とその間に高さ2.4mの
乙女の像がある。
これが世に名高い「氷雪の門」
日露戦争の勝利による明治38(1905)年のポーツマス条約で、
日本領となった樺太(現在のサハリン)
には、炭鉱やパルプ工場などで働く多くの日本人が住んでいた。
人々はこの地から樺太に渡り、樺太からここに帰った。
戦後はその門も堅く鎖された。
それから18年。
(昭和38年建立)、
碑文には
望郷の念やみがたく、樺太で亡くなった多くの同胞の霊を
慰めるべく、肉眼で樺太の見えるゆかりの地の丘に・・・」
とある。
当然のように行き来していた門は、突然封鎖されたのである。
この立派で大きな「氷雪の門」の傍らに、
小さな石碑がある。
「九人の乙女の碑」
昭和20年8月20日、
樺太の真岡電話局で、9名の若い女性電話交換手が、
迫りくる戦火の中、崇高な使命感のもとに職務をまっとうし、
ついに青酸カリで自決した事実を知らせる慰霊碑
である。
現在の碑文には

戦いは終わった。
それから五日後
昭和二十年八月二十日ソ連軍が樺太(サハリン)真岡に
上陸を開始しようとして
民間人を守るべく残留していた
大日本帝国軍との間に突如戦いが始まった。
戦場と化した真岡の町、
その中で交換台に向った九人の乙女らは死を以って己の職場を
守った。
窓越しに見る砲弾の炸裂
刻々迫る身の危険
“今はこれまで。”
と死の交換台に向かい
「皆さんこれが最後です。さようなら、さようなら」
の言葉を残して静かに青酸カリを呷り
夢多き若き尊き花の命を自ら絶ち職に殉じた。
戦争は再び繰り返すまじ。
平和の祈りをこめ尊
き九人の乙女の霊を慰む。

しかし、
かつての碑文は下記のようなもの。

昭和二十年八月二十日
日本軍の厳命を受けた真岡電話局に勤務する
九人の乙女は青酸苛里を渡され
最後の交換台に向かった。
ソ連軍上陸と同時に日本軍の命ずるまま
青酸苛里をのみ最後の力をふりしぼって
キイを叩き
「皆さんさようなら。これが最後です。」
の言葉を残し夢多き若い命を絶った。

戦争は二度と繰り返すまじ
平和の祈りをこめて
ここに九人の乙女の霊を慰む。

事実ははどうだったのだろう。
事実はひとつであるべきで
それを政争の具にするべきではない。

一見してわかるように、純粋な「使命感」から
職場を守り、乙女の純潔を守るために覚悟の自決をした
彼女たちの死の真実を歪曲し

「天皇制は悪であり悪い天皇の軍隊の命でやむなく
自決に追い込まれた。」

と言うかのように事実を歪曲して伝えることが行われていた。
戦後の
歪んだ価値観は事実を曲げたばかりか
純粋な乙女の行動を冒瀆(冒涜の「涜」は正しい文字
ではない俗字。さんずい+賣が正しい)
して恥じない人々を生み出したのである。
それこそ
当時で言う「国賊」である
北のひめゆり
さてまだ続きますよ。
(Erokappa)
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原爆投下0分前‐小倉上空10時44分


戦争はいわば国家間で殴り合う喧嘩であり
その喧嘩は一人ではできない。
つまるところ相手が必ずいるものである。
以って敗戦国に対し戦勝国或いは複数の戦勝国が
一方的に裁くのは道理に適わず
当事国双方の責任者をこの席上に呼び
審理することこそ適うものと信ずる。
今般の戦争責任は天皇陛下にはなく私一人にある。
また開戦の責任という一点に絞れば資源のない国家を
さながら真綿で首を絞めるがごとく資源の補給路を断てば
生き残るためにやむなく侵出せざるを得ない状況になる。
この点において大日本帝国のみならず戦勝国にも
責任の一端がある。



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極東裁判において戦犯とされ絞首刑に処せられた
東條 英機 元 陸相兼首相
の主張より。

著作権は

http://www1.linkclub.or.jp/~oya-wm/index.html
制作者:望月 創一 氏にあり
その文章を加筆校正して
勝手に転載(ミラー)しています。

戦 捜 録
投下!!小倉上空10:44
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ゆうき - 母と関係しています

高3の夏休み直前に、
脚を捻挫し包帯を巻いていた。
風呂へはいって洗うのが不自由。
母が洗うのを手伝ってくれた。
母は、短めのスカートにTシャツで風呂場に入ってきて、
「さあ、向こう向いて」
と背中から洗い始め
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妻塚

妻塚(さいづか)




宿場の町外れにひっそりと小さな祠(ほこら)があり
これには言い伝えがあります。
平家一門の大庭何某の妻が祀られていると言われ、
源氏に縁のある家に産まれた妻が、夫が付け狙う高貴な人の
身代わりになり、愛する夫に斬り殺されたため
その冥福を祈って祠が建てられた言われています。
その夫婦はじつは血を分けた母子でありました。
元服前の影親(かげちか)は太郎と呼ばれ、母の名を菊。
いつ頃からなのか、ふたりは母と子から、人知れず
夫婦(めおと)関係になっていました。
伝馬町法華寺の裏手でひっそりと暮らしておりました母子、
ある夏の夜に霊夢を感じて、身体を合わせたのです。
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事件ですー母と愛人関係

母と愛人関係!?マザコン?池突き落し男の素顔
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夏休み最終日を迎えた長閑な石神井公園で凶行は起きた

東京都練馬区の石神井公園内で、一家団欒を楽しむ父子ら3人が
男に池に突き落とされた。
殺人未遂の疑いで
現行犯逮捕された生協職員の男(30)は依然として犯行を否認している。
とんでもない粗暴犯だが、
日頃は花と母をこよなく愛する心優しき男だったというから驚きだ。
容疑者は同公園内にある三宝寺池で、
池を覗き込んでいた男児(3)と父親(44)、
近くを通りかかった女児(6)を次々に池に突き落とした。
「手足をバタつかせたり、上に乗った人に噛付こうとしたり、
酔っているとは思えないぐらいにかなり暴れていた。」
一部始終を目撃し、容疑者を取り押さえた男性(82)は逮捕の瞬間をこう振り返る。
「散歩して通り過ぎようとしたら、後ろで叫び声がして振り返ったら父子が池に落ちていた。」
何が起こったか分からなかったが、容疑者が女児を抱えたところで
「異常を察知した。」
という。
調べに対し、
「近くで友人と酒を飲み、夕涼みのために公園に来た。」
と供述しながらも、
「突き落としてはいない。」
と容疑を否認し続けている。
容疑者は都内の国際情報ビジネス系の専門学校を卒業後、
7年前から都内の生協に勤務。
仕事ぶりは職場の同僚からも
「いたって真面目で気持ちの優しい子。」
「よく笑うし、終始穏やかな印象。」
と評判はよかった。
事件の目撃者も
「細身でスラっとしていて、長髪でロック系の格好をしていた。」
「ミュージシャンかと思っていた」
と話すほどのイケメンだった。
だが。
実際に自ら演奏を楽しむことはなかったらしい。
容疑者は、西武池袋線東久留米駅から徒歩約14分の
家賃約8万円、3DKのアパートに母親と2人で暮らしていた。
母親思いだったようで、
近所の人は
「2人で買い物に出掛ける姿をよく見かけた。」
「年の割には仲が良い母子だった。」
と話す。
さらに、
「庭の花壇をよく2人で仲良く手入れしていた」
と花を愛でる意外な一面も持っていた。
母と培ったガーデニングの腕前は職場でも披露されたようで、
同僚は
「切り花や花壇が上手。花をいじるのが得意だった。」
と振り返る。
だが。
いささか“睦まじすぎる母子関係”は周囲には奇異に映っていたようで、
同じアパートに住む男性(55)は「年が離れた愛人?と思っていた。」
「親子にはとても見えなかった」
と証言している。

とか。
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娘の夫=義理の息子

50代後半の主婦。

大手婦人服の会社に勤務
40代で管理職、55歳で退職しました。
私には2人の娘がおります。
(4)_20080608163821.jpg
下の子は活発で学生の頃から
ボーイフレンドが大勢おりました。
長女は真面目。
東京の女子大を卒業し大手銀行に入社。
でも彼氏の出来る気配は全くありませんでした。
その頃私も40代の管理職。
部下も何名か育てておりました。
その部下の中に、小柄ですがとても気立てが良く
頭の回転の良い男の子がおりました。
(正直私のお気に入りでした)
私は長女を彼に紹介。
何度も食事に行き主人も部下の男子を気に入ってくれ
晴れて1年後、めでたく長女と結婚。
家族中が幸せな気持ちでした。
その男の子と出張に一緒に何度か行っておりました。

あれはそう、娘の結婚式の3ヶ月前。

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毛抜きを手渡され

自分の母親を一人の女性として
見るようになってからは、
今付き合っている彼女との
デートも変わってきた。
彼女とキスしながらパンツの中へ指を入れ、
あそこを触らせてくれる段階になると
彼女の方から盛んに俺を自分の部屋へ誘うように
なった。
それがあまりに露骨なので、逆に気後れしてしまう。
彼女のあそこを見たい欲望は強烈にあるが、
なぜか不潔感が先立ってしまう。
しばらくして。
俺は彼女との初Hをする前に、実の母とまず経験したいと
思うようになった。
なぜだか、母は俺の頼みを聞いて
優しく教えてくれそうに思えた。
「お母さん、頼みがあるんだけど」14-1.jpg
「なに?」
「母さんの。」
「あそこの毛2,3本貰えないか?」
「えっ!」
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のろい火その後‐暴風雨の夜

俺の生まれは関東のある県にある●豆市●野地区。
山間部で細々とした農家です。
今は
父と母祖母が棲んでいます。

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白蛇観音様の意思で現代に甦ったあの2人。さて・・・・・。

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この母への想い-母自慢

大学に合格、一人暮らしを始めた私(20歳)。
この連休に駅2つ離れた実家に帰省しました。
(40分位の距離ですが)

ママが車で迎えにきてくれました。
相変わらず艶のある姿。
気だるい声で
「ごめんね、少し遅れちゃった。さあ乗って。」
と少し前屈みになって
黒皮のハイヒール
黒のパンスト、
黒のミニのタイトスカート
形よくバンと張った桃の形の大き目のお尻を突き出し
助手席のドアを開けてくれた。
車の中では、Uネックの大きく開いたノースリーブの
セーターから、Eカップの真っ白い乳房。
ハンドルをきるたびに盛り上がっていました。
ママは、少しワイルドな感じの
叶●●子に似た感じの45歳の美熟女。
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お母さんとの初体験-ひろし

実は、ぼく。
この間の夜、初めてお母さんとセックスをして、
童貞を卒業しました。
お父さんは月曜から、今日まで出張でした。
火曜の夜。
ぼくがお風呂から出てくると、お母さんは台所で、
後片付けをしていました。
驚かせてやろうと思って、後ろからそっと近づいて、
ギュっと抱きつきました。
お母さんは
「キャッ!」
といって
「びっくりしたじゃない。もう」
と怒りました。
ぼくは、お母さんに抱きついたまま、
背中に顔をこすりつけました。
お母さんのいい匂いがしました。
お母さんはぼくの方をふりむいて、
「どうしたの?」
といったので、ぼくはCMのまねをして、
「ママのオッパイ、チュウ、チュウ、チュウ!」
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お袋と姦りたい痴漢息子

僕は今お袋と姦りたい高校生。
お袋は41歳。
ごく普通の主婦で、多分、男は親父以外知らない。
浮気などしたことがない、平凡な女だと思います。
そんなお袋と。

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「母乳実験」

男とは不思議なものだ。
ある出来事によって自分の性癖に気がつくなんて。
もう、5年くらい前であろうか、
(私には、6歳と4歳になる息子がいるが、
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そんな、ある日家族みんなでテレビを見ていると
猫が、女性の乳房を吸う画面が表示された。
こんな刺激的な画面に照れて息子たちに
冗談半分に言ったんです
「おまえたちも、ママのおっぱいが欲しいんじゃないか?
いいんだぞ、ママにお願いしておっぱいもらっても」
と・・・
妻も、わたしの冗談に付き合ってか
「かずくんも、たっくんも、あの猫ちゃんみたいにおっぱい欲しい?」
息子たちは、当然ことわるものだろうと思っていた。
ところが
息子たちは上気した顔で、こっくりとうなずいた。

妻は、笑って冗談よね という顔で私の方を見ました
(子供たち本当は、いつまでも母親の乳房を吸いたい)
と思っていたんだと
こんなことしか言い出せない子供たちの
気の使い方を不憫に思った。

「だったら、ママにちゃんとお願いして、おっぱいを貰いなさい。」
と言ってしまったんです。
妻は、
「あなた」といって
なんだか困惑気味な顔をしたので、
「いいじゃないか、子供にとって母親の乳房は、
特別なんだ、たまには吸わせてあげても
悪いことはないよ」
と強引に妻を納得させた。

妻は、弟のほうに
「かずくん、たっくんこっちにおいで」
と息子たちをとなりに座らせると
エプロンを外して、ブラウスのボタンを外しました。
妻は、両腕を後ろに回し、器用にブラジャーのホックを外すと
「じゃあ、たっくんからね」
弟のほうをひざにのせ、外れたブラジャーを上に上げると
白い乳房とその頂にあるピンクの
乳首が見えました。
妻は、左の乳房を右手で一回絞るようにしたあと、
下から乳房を支えて
たっくんの口元に乳首を持っていきました。

息子たちは、すぐにでも吸いつきたいのでしょう、
でも我慢していました。息子たちにとって
妻の乳房は、本当に久しぶりのものだったのです。
お風呂には、私と入るのが日課でしたので

弟のたっくんは乳首を口に含むと勢いよく
吸い始めました。
兄のかずくんのほうはもう半分なきそうな顔をして
乳房をみていました。
妻は、やさしい笑顔で、弟を見ていましたが、
弟は、しばらく吸った後、はあはあと息継ぎをして、
再び吸おうとしました。
妻は笑って、
「そんなに、慌てないで」
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こんな光景を見て
私は、興奮し、勃起していました。
母乳を必要としない子供が、
母親の乳房を吸っているのです
子供たちにとっては、性的な気持ちなどないでしょう
出るはずもないミルクを必死に吸い出そうと
一生懸命に乳房をすすっているのです。
私は、「どうだ、ママのおっぱいおいしいか?」
たっくんは、乳首から口を離すことなくうなずきました。
「ママのおっぱいどんな味がするんだい?甘いの?」
たっくんは、口を離すと「うん、
わかんないけどママのおっぱいおいしいよ」
私は、まさか妻の乳房から母乳でも出ているのかと思い
「ママのおっぱいからミルクの味がするの?」と聞きました。
「わかんない。でも甘い味がするんだ。」
妻は、わらって「おっぱいは、もう出てないでしょ。」
ずっとその光景を見ていたかずくんは、
「ママのおっぱいってミルクが出るんじゃないの?」
妻は、「あのね、おっぱいってね、赤ちゃんのためにあるんだよ
もうあなたたちは赤ちゃんじゃないでしょう。」
たっくんは、泣きそうな顔をして、
「そんなのやだよ、ママのミルクが飲みたいよ!」
妻は、私の顔をみて何ともいえない顔をしました。
私はこのとき、ある育児本で
「母性本能の強い女性は、
たとえ、子供がいなくても、赤ちゃんの泣き声を聞けば
母乳を分泌することもある
」と書いてあったのを思い出しました。
妻は、非常に母性本能の強い女性だ、
もし、定期的に子供に乳房を
吸わせたらもしかしたら母乳が
出るのではないかと考えはじめていた。
そこで、わたしは、「よし、わかった。
そんなにママのミルクがほしいんだったら
毎日朝と晩、ママにお願いして、おっぱいをもらいなさい。
もしかしたら、ミルクがそのうちでるかもしれないから」
妻は、唖然として「何を言ってるの、この子達にも悪いことよ。」
私は、「この子達は、これからいろんな意味でストレスを感じてる。
赤ちゃんに戻って安心できることも必要だぞ」と
妻は、納得はしませんでしたが、私が強引に約束させました。
それから私の実験が始まったのです。
私の性的な快楽を含めた。今は、乳房を吸わせているだけですが
おいおい、妻の体をつかった性教育をするつもりです。
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☆母の感触-


今も、母と初めて交わった時の記憶が
鮮明に脳裏に浮かぶ
僕のペニスの先端から根元まで、母の感触を
覚えている
誘惑されて、裸でベットに横たわる母の身体に、
自分の身体を重ねた時の
キュンとするような胸の痛み
二人の唇が重なり合った時の複雑な思い
指に包まれ母の口に飲込まれた時の驚きと感激
愛情に満ちた顔
欲望に満ちた瞳
どちらも僕の尊敬する母の真実
世代を超えた二つの性が出会い
常識を超えた愛を確かめあう

やがて、僕のペニスは
母という宇宙に戻っていく
自分を生み出した宇宙の渦へ
新しい生命を求めて突き進む
そこには、人の自然の姿があり
タブーなど存在しない
その先端から発射される源に
喜びに打ち震える子宮壁
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