FC2ブログ

2009年07月

東京タワー 僕と母との物語

2007年1月7日
母の葬儀を終えた後、芝浦公園に
行き見上げた東京タワー。
113826_PC_L.jpg
最近では第2東京タワー、
スカイツリータワーが下町に
出来つつありますが
僕と母にとって東京タワーは
忘れられない建物に
なりました。
僕は母子家庭で育ちました。
幼稚園の頃、酷く酔っ払った父は
夜中に帰ってきて玄関で大声を出し
喚き散らし迎えに出た母をいきなり
レイプしました。
大きな物音と母の悲鳴を聞いて
泣き叫ぶ僕の足元で
父は母を犯し続けました。
それが、母と父と僕の3人が暮らしていた
最後の記憶です。

数日後、母は、酒乱の父と決別、
幼い僕の手を引いて実家に。
女手一つで僕を育ててくれました。
酒乱の父から解放された母はまだ若く
美しい女性でした。
スポンサーサイト
[PR]

関連記事

女性の身体って・・・

最近暑いです。
でこんなの見つけたんで
張っておきます
416447.jpg
女性の体なのに道祖神のようにも見える。
いやー、人間の体って不思議ですねえ

関連記事

母とはいいものです

僕は25歳、母は49歳。
140.jpg



母はぽっちゃりと肉付きの良い体をしています。
今年結婚したのですが、夏頃から妻と折り合いが悪く
ついに僕を新居(マンション)に
残して実家に帰ってしまいました。
僕はまだ、会社では下っ端なので、わりと残業や休日出勤に
こき使われなかなか家のことができないので、
母を新居に呼びました。
とにかく、部屋の片づけやら洗濯やらです。
夕方には見違えるほどきれいになり
やっと部屋らしくなりました。
「早く嫁を迎えにいかなきゃおまえも大変だろう?」
と母が同情してくれました。
「俺は、別に母さんが時々来てくれれば。」
「そんなこと言って。」
「浮気なんかしてないだろうね。」
「それは判らない。」
「母さん、心配?」
「あたりまえでしょ!」
「変な女と関わると、後が大変だから絶対にダメ。」
「じゃあ、母さんだったら誰にも迷惑かけないから。」
「処理してくれるって言うの?」
僕は、母の手を取って、
「俺随分と溜まって、もう限界」
「何をしろって!」
関連記事

銭湯で見た母の裸身



img2(34).jpg
昭和40年ごろまで
内風呂がある家などほとんどなかった。
だからおれの家も含め、
隣近所ではどこも夕方になると家族そろって
銭湯に行ったものだ。
おれは小学校三年生くらいまで
母や姉と一緒に女湯に入っていた。
性欲には目覚めていないから
女の裸に興奮もないのだが、
ひとつだけいつも
気になっていたことがある。
それは姉の股間についているものと
おれの股間についているものが
どうして違うものなのだろう?
姉もまだ子供だったから
タイルの上に股を広げて座ってしまうのだが、
そうするとおま×こが
ぱっくり開いてしまい、
おま×この上の方に
突起があるのまで全部見えてしまう。
おれはその突起が
気になってならなかった。
クリトリスというものだと
後で知ったが
あれはいったい何だろうと思いつつも
そこばかり見ていた。
そして母も女だから、
「母にもあれがついているの?」
母のそこも観察したが、残念なことに
見ることができなかった。
姉のように股を広げて座ることは
なかったからである。
ただ、母のおっぱいやお尻、陰毛などは
いつも見ていた。
子供の目から見ても母のおっぱいは
他の女の人より大きかったし、
それに母はスタイルも良かった。
今から思えば本当に勿体ない話。
もし性欲が芽生えていれば、毎日
興奮を覚えたことだろう。
母のおま×こだって何としても見ていたはずだ。
今でも遠い昔に
銭湯で見た母の裸体を朧げながら
思い出すことはできる。
お湯に濡れた白い肌も
むっちりした太股も
よく覚えている。
が、しかし、細部まで
どうしても思い出せない。
おっぱいは大きかったが、
しかしどんな張り具合だったか
乳首は?
陰毛もどんな具合に生えていたのか?
などといったことはほとんど思い出せない
いまでもそれが残念でならない。
小説では書かなかったが、
精神だけをタイムスリップさせ
子供の頃のおれになることは
できないだろうかと考えたことがある。
これは想像をめぐらせるだけで
楽しかった。
例えば銭湯で母の体をしげしげと
観察することもできるし、
もっと小さい赤ん坊の頃に戻れば
母のおっぱいを吸い、この手で揉むことだって
できるわけだ。
006_20090704155519.jpg

さらに、まさに自分が生まれ出てくる
場面に戻れたら、
おれは全身を母のおま×こに
締め付けられながら、
肉ひだを掻き分けることが
できるのである。

また、人の身体へ
自由に乗り移ることができたら
楽しいだろうとも思う。
ずばり父に乗り移ってしまうのだ。
父に乗り移って母に挿入する.
それもいろんな体位で挿入できたら
最高だと思う。
おれは台所に異常に興奮するので、
「誰もいないからここでやろう」
と父の口調で言い、
母のスカートをめくってパンティを
引き下ろし、
大きなお尻をがっしりと掴んで
バックから突き刺していく.

考えただけで興奮してしまう。

または母そのものに乗り移るのもいい。
母になった自分が淫らなポーズをとって、
写真やビデオに映しておくのだ。
おま×こを思いっきり広げた姿も、
おっぱいを揉みしだいて恍惚とした顔も、
みんな記録しておける。

もっと過激に、母になった自分が
SMクラブに行き、
お客に陵辱されてみるのもおもしろい。
いや、それならいっそアダルトビデオに
出演して
大勢に輪姦されるところを
撮ってもらおうか。
関連記事

母とひとつになった時(Renew)

H-01_20090704153123.jpg

母とはじめてセックスをしたのが、20年以上前。
成人式を迎えた20歳の誕生日。
母は僕が小さい頃離婚して女一人で育ててくれました。
周りから綺麗で歳より若く見えて羨ましがれていました。
30代のときは20代に見られいつも姉弟と間違えられました。
そんな母が自慢でした。
中学から高校まで僕は同年の女の子と付き合っていましたが、
その子とはじめてキスをした時何か物足りないものを感じ
それ以上進めませんでした。
その時、家で母が風呂上りにタオル1枚で歩いている
姿を見た時。
母を一人の女性として意識しました。
その後付き合っていた彼女と別れ、オナニーの種は
母になりました。
それから2,3日後には、母の下着でオナニーを
するようになりました。
高校を出て、何とか大学に入りアルバイトをしながら、
生活していましたが、二十歳の誕生日の1週間前。
母は当時42歳
しかし、30代にしか見られず、28歳くらいと
言われたこともありました
関連記事