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2010年06月

どこにいれるの?

これダンサーが使うものですが

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どこに入るんでしょうかねえw





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忘れられない母

ソナタ

2007年5月4日23時45分40秒-匿名希望
母子相姦体験者の告白があるなんて、初めて知りました。
皆さんの投稿を読ませてもらっていると、
キューンっと胸が締め付けられるような切ない気持ちになりました。

私は39歳、妻と子供二人の平凡な公務員です。

母は15年前に病気で亡くなりました。
実は、私も、18の頃から、母と関係を持つようになっていました。
母が今も生きていれば、その関係は続いていたと思います。
私に物心がついたときには、もう父はいませんでした。
母は学校の教師をしながら、女手一つで私を大学まで出してくれました。
母は普段はやさしい人でしたが、躾には厳しく、教育にも熱心な人でした。
そんな母親と実の息子がセックスをするようになったなんて、
誰も信じないと思うし、一生涯、誰にも打ち明けることなく、
墓場までもっていくつもりでした。
でも、匿名なら、
「あのときの出来事を誰かに知っておいてもらいたい」
という思いが沸き起こってきて、今日、私もここに投稿することにしました。
当時、母の年齢は45歳。
グレーのタイトスカートに真っ白のブラウスが良く似合う、
今思えばどことなく黒木瞳に似た感じの人でした。
きっかけは夏休みの合宿で、しばらく私が家を空けたとき、
母が部屋の掃除をして、私が隠していた、見られたくないものを
母が発見してしまったことからでした。
私の家の裏には、三味線のお師匠さんをしている、
50に近い後家さんが住んでいて、月に二、三回、金持ちそうな
初老の紳士が尋ねてきては、
昼間から居間や廊下でセックスをするのが私の部屋から見えたのです。
私の家の北側には窓が無く、壁しかないので、裏に住んでいる後家さんは、
私が見ていることなど、疑うわけもありませんから、
それはとても大胆なものでした。
実は、私の部屋のエアコンの冷媒管の貫通穴から雨漏りがしていたので、
それを直すためにパテをはがして穴を覗いているとき、
偶然に、後家さんと初老の紳士のセックスが見えたのです。
真昼間です。
当時はデジカメが無かったのでビデオカメラを出して、盗撮しました。
その後、何度も、盗撮を繰り返し、気に入ったシーンは、静止画像にして、
何枚も、プリントして隠し持っていました。
合宿から家に帰ったとき、母が無表情でなぜか顔が青白く見えたので、
なにかあったのかな?
と思いながら、部屋に入るときれいに片付いて咄嗟に、
隠し物が気になってベッドの下を剥がしてみると、あるべきものが
無くなっていました。
私が、
「しまった、見つかってしまった」
とつぶやいて動揺している姿を、母がドアの外からジッと立って
見ていました。
私はドキッっとして耳まで赤くなりました。
母が
「一流の公務員になって、お母さんに楽をさせたいって・・・。
少し話が違うようね」

恥かしさと、情けなさ、母に嫌われた・・・という想いが
一緒になって大声でわめき散らしました。
「なんで勝手な真似をするんだ!」
いきなり大きなビンタが飛んできました。
「こんな子じゃなかったのにどうして」
と母がつぶやくように言って、泣き出しました。
しばらくして、
「もうお願いだから他人様のことを覗いたり、
カメラに撮ったりみたいな事はやめてね」
と母が言いました。
私は、照れくささもあって、わざと反抗的な言葉で
「年頃の男はみんな興味があっても不思議じゃないだろう!」
「そういう考えの親だから子供が犯罪に走るんだろうがっ!」
と言うと、また母と言葉の応酬になり
「あなたは犯罪に走ったりしてはいけないの、」
「かけがえのない私の息子なんだから
「じゃあ性欲の処理もやってくれるっていうの」と切り返すと、
「二度と他人様に変な真似はしないって約束できるなら。」
「そう言う気持ちになったら母さんも考えてあげるわ」
と言い残してドアを閉めて部屋を出ていきました。
私は耳を疑うほど驚きました。
「そう言う気持ちになったら」
って
「やりたくなったら」ってことだと思うと、
それを想像しただけで勃起してしまいました。
その後、夕食のとき、私は母に謝りました。
「もう、二度と、盗撮したり、犯罪めいたことをして、
母さんに心配をかけたりはしないよ」
「そう。分かってくれたら、もういいわ」
「だから今夜は母さんと寝てもいい?」
母は私の目をみないで、横を向いたまま、
「あとで部屋に来なさい」
と言って台所の片付けに行きました。
私が11時頃、パジャマに着替え、枕を持って、母の寝室に行くと、
豆電球だけの薄暗い明かりが点いていて、布団の中で
背中を向けて横になっていました。
私は母の布団の中に滑り込むと、母の背中から手を回して
乳房の辺りを触りました。
母は黙ってじっとしていました。
母のうなじのからいい匂いがして、たちまち勃起してきました。
パジャマのボタンをはずして手を入れても、乳房を覆う
ブラジャーが堅くてじゃまだったので、母のパジャマの背中を捲り上げて、
ブラのホックをはずすし、乳首を出して揉みました。
しばらく揉んだ後、母のパジャマとパンティを脱がそうとしたら、
母が私の手を押さえて
「手で出してあげる」
と言いました。
「ブリーフを脱いで」
という母に従って、ペニスを出し、母を上半身だけ裸にして、
私が母の乳房を吸いながら母の手でしごいてもらいました。
母の手は柔らかく暖かで、しごき始めから約二分くらいで、
いきなり射精したくなってきて、一回目は勢いよく
ドクドクとでた精子は母の手で受け止めてもらいました。
母は
「もう、これで、すっきりしたでしょう?」
と言ってティッシュでペニスを拭いてくれました。
若いせいか、そんなものじゃ収まらず、
どうしてもしたいと油断している母のパンティをいきなり
脱がそうとしたら、
「これ以上はダメ!」
と猛烈に抵抗してきました。
私がさんざん抵抗する母の上にまたがって押さえ込むようにして、
全部脱がしてしまうと、観念したかのように抵抗が収まりました。
まじまじと母の全裸はを眺めているとペニスは興奮して
カチンカチンに勃起していました。
ゴワゴワとした黒くて硬い陰毛をなでると、
ぺチャッとした粘液が指に絡みつき、相当母も興奮していることを
知りました。
やりたい放題におっぱいを吸ったり、あそこを触ったり、
指を入れて、ぐちゅぐちゅしたりしました。
そして、いよいよ私のペニスを母の膣穴に入れようとした時、
急に母が腰をちょっと横にずらして、真剣な顔で、
「絶対に一生、誰にも内緒にするって約束しなきゃいや!」
と言いました。
私がうなずいて
「わかってるよ」
と言うと、母が私のペニスに手を添えて膣穴の入り口まで
誘導してくれました。
ズイーっと奥まで挿入してみると、
初めて味わう気持ちよさで、数十回ほどピストンしただけで、
たちまち射精感がこみ上げてきて突然母の膣穴に射精してしまいました。
中出しされた母はビックリしていましたが、
またやさしく私のペニスをティッシュで拭いてくれました。
そのあと、母は膣を洗いに行って、戻ってくると
「もう中に出しちゃだめよ」と言い、抱き合って寝ました。
次の日からは、コンドームを買ってきて毎日、
母とセックスをするようになりました。
母はどんどん若返って綺麗になっていきましたが、
私が24歳のとき、母は病気で亡くなりました。
その後、私は今の妻と見合い結婚をしましたが、
今でもすすり泣くような母のヨガリ声や
濡れたあそこの締め付け具合は忘れることはありません。
妻とセックスするとき、目を閉じて、母を抱いているように想像しながら
ピストンするとあの頃の興奮がよみがえってきて、
射精の快感が倍増するのです。
忘れられない母の想い出です。
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